| 小村寿太郎 | |
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■ 小村寿太郎(こむらじゅたろう)【出典】
・ 1855−1911年。享年57歳(病死)。
・ 出身地: 日向国。
・ 肩書き: 外交官。
・ 小村寿太郎は、日向国の飫肥藩の下級藩士の嫡男として生まれた。大学南校(現東京大学)入学後に、ハーバード大学に留学して法律を学んだ。帰国後は法務省に入り、大審院判事をつとめ、外務省に入った。陸奥宗光から評価され、清国の代理公使や駐米・駐露公使を務めた。桂太郎内閣では外務大臣となり、日英同盟を結んだ。1904年、日露戦争が勃発。日本は有利に進めたが、長期戦になれば不利になるのは明白だった。アメリカ大統領の斡旋で講和を結んだが、全権大使に任ぜられた小村は、日本有利の条約を結べないと確信して、結果として賠償金をとれなかった。帰国後、小村は罵詈雑言を受け、日比谷焼き打ち事件もおきた。
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