田中正造
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■ 田中正造(たなかしょうぞう)【出典

・ 1841−1913年。享年73歳(病死)。

・ 出身地: 下野国。

・ 肩書き: 政治家。社会運動家。

・ 田中正造は、下野国の名主の長男として生まれた。17歳で領主の悪政に反発して、改革を求めた結果、投獄された。釈放後には、江刺県花輪支庁(秋田県)の官吏になったが、冤罪で逮捕された。出獄後に帰郷して、酒屋の番頭を務めた。1878年に、田中は区会議員として政治活動を始めた。その後、県議会議員になり立憲改進党に入党。その後衆議院議員となった。足尾銅山により、渡良瀬川沿岸の田で稲が立ち枯れをおこす鉱毒事件が発生。田中は政府に質問書を提出、各地で演説をおこなった。被害民を組織し、新聞社に働きかけて世論を喚起し、政府の対応を批判した。 


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