北里柴三郎
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■ 北里柴三郎(きたざとしばさぶろう)【出典

・ 1852−1931年。享年80歳(病死)。

・ 出身地: 肥後国。

・ 肩書き: 細菌学者。

・ 北里柴三郎は肥後国の庄屋の長男に生まれた。藩校の時習館から熊本医学校、さらに東京医学校(現東京大学医学部)を卒業して、内務省衛生局に就職した。その後34歳でドイツに留学、ベルリン大学でコッホに師事した。その4年後に、破傷風菌の純粋培養に成功し、翌年には抗毒素を発見し、さらに血清療法を開発した。伝染病研究所が東京帝国大学の管轄下になったため、柴三郎は私費で北里研究所を創設。福沢諭吉のために慶応大学医学部の創設にも尽力した。【出典】


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