斎藤隆夫
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■ 斎藤隆夫(さいとうたかお)【出典

・ 1870−1949年。享年80歳(病死)。

・ 出身地: 兵庫県。

・ 肩書き: 弁護士、政治家。

・ 東京専門学校(現早稲田大学)を首席で卒業し、弁護士となり、アメリカのイエール大学に留学し、政治学などを学んだ。帰国後は、立憲民主党に入党して1912年に衆議院議員になった。弁の立つ斎藤は、軍部にたなびく政府を演説で批判し、1936年に二・二六事件後の「粛軍に関する質問演説」を行い、1940年の「支那事変処理を中心とした質問演説」は、議会内から反発を招き、斎藤は衆議院を助命された。その後再選されたが、第二次世界大戦後も日本進歩党の立ち上げに加わり、片山内閣では行政調査部総裁として入閣した。その後、離党して民主自由党を結成したが、翌年に、急死した。


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