| 原田宗輔 | |
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■ 原田宗輔(はらだむねすけ): 1619-1671年。仙台藩の重臣。通称は原田甲斐。伊達騒動の当事者として有名。5歳で家督を継いで、原田家を継いだ。伊達家三代の伊達綱宗が放蕩によって隠居させられて、2歳の伊達綱村が伊達家を継ぐと、伊達宗勝が後見になって、原田宗輔は宗勝について実権を握った。しかし、伊達家の同門の伊達宗重は、所領紛争の処分などをめぐって宗勝の専横を幕府に訴えた。宗勝たちは、大老の酒井忠清の屋敷で評定をうけた。宗輔は忠清の屋敷に来た宗重を斬殺、宗輔自身も他の奉行に斬られて死亡した。原田家の男子は全員切腹して断絶。宗勝は改易になったが、藩主の綱村は幼少のためおとがめ無しだった。【出典】
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