| 「秋田県」名の由来 | |
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■ 秋田県: 秋田県秋田市
# 秋田県: 秋田県の語源は「アイタ」で「アイ」は湧水、「タ」は地域。水の湧いているジメジメした土地という意味だそうです。じめじめしているかは別にして水のおいしいところではありますね。
話に聞くと、鳥海山麓では湧水を農業用水に使うのだが、そのままだと冷たすぎるので、用水路でゆっくり流して太陽の熱で温度を上げてつかっており、それを温水路というのだそうです。
* 他説: 日本書紀の古代地名の 「 齶田郡(あぎた)」 より変化したものという説もあるようだ。
・ 日本書紀によると、660年頃阿倍比羅夫が東北遠征をしたときに、船を齶田浦(あきたうら)に泊め、一帯に飽田(あきた)郡を置いたという記録がある。齶は歯茎の意味。飽は飽きる、飽食する、満足する。
# 秋になると豊かな実りが約束されている米所の中心となった土地ということ。アイヌ語の「アギタ」語源説も根強い。古くは「久保田」といった。「久保」は「窪」と同じで、湿田のこと。【出典】
# 秋田は旧郡名で、倭名抄にも見える。「あぎ(高くなった所)」+「た(場所をあらわす接尾語)」の転か。【出典】
# 日本書紀の斉明天皇四年の項に、越国守(こしのくにのかみ)の阿部比羅夫が軍船180艘を率いて、蝦夷に遠征し、齶田(あぎた)、淳代(ぬしろ)二郡の蝦夷を降伏させ、さらに渡島の蝦夷などを招集して饗宴したと書かれている。
# 秋田駅(あきたえき): JR東日本・奥羽本線・羽越本線。秋田県秋田市中通。
# 南秋田(みなみあきた): 秋田県南秋田郡。明治11年の郡の分割による。秋田郡の南部のこと。【出典】
■ 北秋田(きたあきた): 秋田県北秋田郡
・ 秋田郡は古代の倭名抄に見える出羽国の郡名。訓は「アイタ」。明治22年(1889年)の郡の分割に因む。秋田郡北部のこと。【出典】
■ 北秋田(きたあきた): 秋田県北秋田市。北秋田郡。
・ 北秋田市: 米代川中流の鷹巣盆地と、支流の大阿仁川流域に位置する。2005年(平成17年)に、北秋田郡鷹巣町、森吉町、阿仁町、合川町が合併して北秋田市へ。【出典】