行政区域
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■ 行政区域

 現在47都道府県に分かれている行政区域も、昔からこの区分であったわけではない。

 そもそも、日本はかつて「五畿」:「大和」「山背(やましろ)」「河内」「摂津」「泉」と「七道」:「東海道」「東山道」「北陸道」「山陽道」「山陰道」「南海道」「西海道」にわかれており、東海道を初めとする街道で結ばれていました。

 江戸時代には「五街道」が諸国を結んでいたことは御存知でしょうが、東京堂出版 日本史小百科「宿場」 児玉幸多編によると、諸国の「宿場(町)」の天保14年の概要は以下のようになっているとのことです。 

 1871年の廃藩置県で3府302県が誕生。その後、合併で3府72県となり、その後3府34県まで減少。その後1890年に現在の47道府県(当時、東京は府)となった。

 そもそも、最初の3府302県は徳川幕府時代の藩や天領や旗本知行地が移行したもので、それらをどのような基準で統合したのか?中には結びつきの低い地域間が統合されたり、結びつきの高い地域間が統合されなかったり色々なひずみを生じたのではないだろうか。その結果、最近では他の県の市町村と合併したりという話も聞く。

■ 行政区域の成り立ち

# 県境の謎

先日、ある本を読んでいたら、「日本の都道府県の面積を加えると日本国の面積よりも広くなる」という一文があった。最初はなんの事かは判らなかったが、説明を見て納得。地域には古来より、「水争い」や「境界線争い」が尽きない。つまり、県境が定まっていない区域で、その地域をA県とB県がお互いに主張して、自分の県の面積に加えて公表すれば、その合計は日本の面積より多くなるという事なのだ。

最近でも、平成20年10月14日に青森県と秋田県で争われていた、十和田湖上の境界が「青森6:秋田4」で決着したというニュースがあった。
そこで、得意?のAmazonで「県境」に関する本が無いかと思って検索してみたら、見つかったのが、実業之日本社刊で浅井建爾著の【日本全国「県境」の謎】という本である。

それを見たら、全国には結構な数の「県境の謎」が存在するようである。まず、目次を見ていたら、P142に「山形県では有名な蔵王山頂付近における山形県と宮城県の境界の謎」が。
これをテーマにした山形県内ローカルな書籍は本屋でも結構目にしますが、、、。

それはおいといて、山形県周囲だけでも「蔵王山」「鳥海山」「飯豊山」と三ヶ所に「県境の謎が存在するから驚きです。もちろん、「謎」と言っても、全てに「争い事」があるわけではありませんが。

県境争いと言えば、青森、岩手両県境の沖合の「なべ漁場(鱈の漁場だそうだ)」についても、両県の主張が対立しているとか。平成20年11月11日に岩手県の県報に岩手海区漁業調整委員会が「この海域を岩手県の県域とする」という内容を掲載したそうだが、それで済むの?と疑問。

# 行政区分の変遷
古代律令制のもとに天武天皇の時代に確立されたと言われる「五畿七道」が行政区分の始まりで、それが江戸時代に「藩」という行政区分に変化し、明治維新の「府藩県三治制」→「廃藩置県」で現在の「都道府県」の枠組みに変わった。
* 府藩県三治制: 1868年4月に、旧幕府領を没収して、3つの府と41の県をおいた。廃藩置県は1869年6月に、3府302県が誕生。

# 四国
四国は1876年には北部の愛媛県と南部の高知県の2県であったが、その後紆余曲折があり、1888年に今の4県に落ち着いたようだ。

# 日本一人口が多い県
別に引っかけ問題にするわけではありません(^o^)。現在、日本一人口が多い都道府県と言えば東京都でしょうが、県と言えば神奈川県?まぁ、それはさておき、廃藩置県後に一番人口が多かった県は加賀100万石の前田家の所領を基にしてできた「石川県」で、その領域は「加賀+越中+越前」、人口は約183万人であったとか。

# 行政区域の作成のポイント
明治時代に現在の都道府県という枠組みの行政区域をつくるにおいて基本としたのは「財政基盤」「人口規模」の二つである。従って、地方の人口密度の低い県は大きな面積を有し、中央の人口密度の高い県は面積が狭い結果となっている。

# 三多摩が神奈川から東京へ併合
これは、人口や面積のバランスというより水問題が根幹にあるのだそうだ。つまり、東京の上水で有名な「玉川上水」の水源は多摩地方にある。つまり、多摩地方が神奈川県にあると、東京における衛生的な飲料水の安定供給ははかれないということだったらしい。これは今の常識では考えられませんが、当時は藩からの流れで行政区域が出来、いわば藩同士の対立意識が残っていた結果なのだろうか?例えば、現在、香川県の水源として有名な早明浦ダム。これはたしか高知県にあったと思う。香川県に衛生的な飲料水を供給するために、早明浦ダムのある高知県の区域を香川県に併合するみたいなものですねぇ。時代を象徴している出来事の一つですが、実際玉川上水の上流が汚染されて多くの死者が出たという事例もあったらしい。結局、昭和18年に東京に併合されたとか。

# 県境
(1) 山が境界: 山が境界線の場合には、分水嶺がその基準になるのが普通だが、中にはその常識から外れたケースも。こういうのって、たぶんわけありなんでしょうね。
(2) 川が境界: 河川地域の中央線が境界となるのが普通だが、中には境界が川向こうに飛んだりするケースもある。これもわけあり?それとも、川の流れが変わった?

# 県境未定地
【日本全国「県境」の謎】によると、2007年の時点で、全国23都県に県境の未定地が存在し、その面積はなんと岩手県に匹敵する広さとか。ちなみに、県境と市町村境に未定地が無いのは「栃木」「福井」「奈良」「島根」「山口」「徳島」「愛媛」「高知」「長崎」の9県しかないらしい。

# 不思議な県境(盲腸的県境?)
飯豊山は主に、「山形」「新潟」「福島」の三県の県境に存在するが、この地域における県境は、福島県が「幅三尺、長さ約7.5km」、飯豊山にくい込むようなまか不思議な状態なのだそうだ。
【実業之日本社 日本全国「県境」の謎】によると、かつて東蒲原郡が「福島県」から「新潟県」に移管されたことに始まり、それまで飯豊山の「飯豊山神社」が今の喜多方市山都町にあったものが、新潟県になった。それが原因で県境争いが生じ、内務大臣の裁定で、福島県を飯豊山頂に向けて細長く伸ばして決着をつけたとのことだ。
なんせ、幅1mたらずの細い地域なので、私も今まで何度と無く山形県周辺の地図を見てきましたが、全く知りませんでした。 

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