| 「渡来系技術者」の地名の資料集 | |
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■ 「渡来系技術者」の地名の資料集: 陶、服部、衣縫
・ 5世紀以降、加耶(かや)や百済から大陸のすすんだ技術をもった集団が渡来してきた。しかし、全国的な広がりをみせたのは、陶部、服部、衣縫部だけ。【出典】
・ 古代には渡来系の技術者が居住した服部や衣縫の地名が方々にあった。しかし、両者とも読みにくいので、中世以降別の読みやすい地名になっていった。「服部→羽取、羽鳥」など。【出典】
・ 「はた」と「あや」の地名は全国に広く見られる。これは、渡来系の有力豪族だった秦(はた)氏と漢(あや)氏によって名付けられたものである。【出典】
・ 神奈川県秦野市は、古代には相模国幡多(はた)郷と呼ばれ、秦氏が開いた地である。【出典】
・ 京都府綾部市や神奈川県綾瀬市は、かつてそこが漢氏の居住地だったことによると考えていい。綾部市は、古代には丹波国漢部(あやべ)郷であった。【出典】