「一口」の地名の由来
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■ 一口(いもあらい): 京都府久御山町

※ この難読地名の読み方知っているぞ、「いもあらい」だ。でも地名じゃなく「名字」だったはずだ。

・ この地名の由来は、天然痘を治すために使われた池が由来だそうだ。

・ かつてこの地にあった「小椋池(おぐらいけ)」のほとりの小さな村は、三方が池に面していたために村の出入り口は一方向(一カ所)のみ。その池は、古くは「いも」と呼ばれていた「疱瘡(天然痘)」を洗う(治す)ために使われた池だったので、「疱瘡を洗う」という言い回しが、「いもあらい」となった。

※ あれ、名字の「一口(いもあらい)」は一方向(一カ所)にしか、出入り口が無いので、「芋の子を洗うように混雑する」ことが由来だったと思ったが。もし、この村の二方が池に面していたら、「二口」と書いて「いもあらい」と読むようになったのか?

# 一口(いもあらい): 京都府久世郡久御山町東・西一口。芋洗とも書く。

・ 巨椋池干拓以前にあっては、宇治川・木津川・桂川の合流点付近にあり、「山城名勝志」には「古老云昔三方ハ沼ニテ一方ヨリ入口有之故ニ一口ト書ト云リ」とある。【出典

※ 一口から淀川を挟んで対岸にあるのが、豊臣秀吉の側室の淀君で有名な「淀」ですね。

・  「一口(いもあらい)」は「疱瘡(いも)祓い」に由来する。【日本の地名 60の謎の地名を追って 筒井功 河出書房新社】

・ 小椋池に、桂川、宇治川、木津川が一つの口に流れ込む。いもは、天然痘。あらうは祓う。【京都地名の由来を歩く 谷川彰英 ワニ文庫】

・ 一口(いもあらい): 一昔前まで、「一口」は全国でも難読地名の代表例。しかし、この難読地名も有名になって、今ではその読み方だけは結構知名度があがった。京都市の南に「久御山町」という町がある。そこに、昔から「一口」という集落がある。ここは、京都市の西から流れてくる桂川、宇治川の合戦で有名な宇治川、そして奈良県の県境沿いに流れて来る木津川に合流するところで、いわば、京都・奈良方面からの川が一気に淀川に流れ込む地点。昔、ここには巨椋池(おぐらいけ)という池があって、漁業と水運の要所と言われた地域。現在は干拓されて田んぼになっている。見るからに低湿地帯で、洪水時には大変な思いをしたのだろう。一口の集落は数メートルの高さの土手の上に広がっている。この集落の一角に「稲荷大明神」という小さな神社が祀られている。ここに地名の由来の秘密がある。起源は、遠く平安時代に遡る。小野篁(たかむら)が隠岐に流罪になって船を出したところ、嵐にあった。その時、「君はたぐいまれな人物なのだから、必ず帰ってくるであろう。しかし、疱瘡(天然痘)を病めば、一命が危ない。わが像を常に祀っていれば避けられよう」というお告げがあったという。小野篁(たかむら)は、その像を祀って、この一口の地に稲荷神社を置いたとのこと。「一口」の「いも」は「芋」とも書かれるが、疱瘡のことで、これは今や定説になっている。「あらい」は「祓う」の意味で、これもほぼ定説。問題は、「いもあらい」に、どうして「一口」の漢字を当てただが、これは三つの河川が一気に「一つの口」に流れ込むことによると考えられる。【出典

■ 一口坂(いもあらいざか): 東京都千代田区九段北3・4丁目の境をなす坂

・ 靖国(やすくに)通りから北の新見附橋にくだる。もともと「いもあらい」の名で呼ばれたが、現在は一般に「ひとくち坂」の名で呼ばれる。坂の東側に九段電報電話局・三輪田学園がある。神田駿河台4丁目の淡路坂の別称も一口坂。【出典

・ 一口坂(いもあらいざか、ひとくちざか): 東京都千代田区九段北(ひとくちざか)・千代田区神田駿河台港区六本木
 「いもあらい」は「いもはらい」で、「いも」は天然痘のこと。いもを一口で食べるように痘瘡を一気に退散させてほしいという願い、そして一口(ひとこと)祈ればすぐさま願いをかなえてくれる霊験あらたかな神であってほしいという願いで「一口」の字をあてたという。【東京の地名 地形と語源をたずねて 筒井功 河出書房】

■ 一口

【知って楽しい「苗字」のウンチク 丹羽基二 PHP文庫】

# 一口(いもあらい、いちぐち)

・ 東京都の市ヶ谷から靖国神社にいく途中に一口坂があり、ここにはかつて山城国出身の豪族の一口氏が住んでいたことに由来する。古くは「いもあらいざか」とよんだが、後に「ひとくちざか」と呼んだ。  

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