「呉羽山」の地名の由来
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■ 呉羽山(くれはやま): 富山市の西部に延びている呉羽丘陵中の山。

・ 昔、神通(じんづう)川が大量の砂礫を堆積、褶曲運動によって小丘をつくり、その東側を神通川が浸食し、現在の地形ができた。この丘陵を境に県内を東西に分け、呉東(ごとう)・呉西(ごせい)と呼ばれている。【出典

# 呉西平野(ごせいへいや): 富山県中央部の呉羽(くれは)丘陵以西の平野。射水(いみず)平野・礪波(となみ)平野・氷見(ひみ)平野の総称。東部の呉東平野が扇状地性であるのに対し、低湿地域がかなりの面積を占める。【出典

# 呉東平野(ごとうへいや): 富山県中央部の呉羽(くれは)丘陵以東の平野。富山平野・新川(にいかわ)平野・黒部(くろべ)平野の総称。西部の呉西平野が低湿地域が多いのに対し、各河川による扇状地地形を形成している。【出典

# 呉羽山(くれはやま): 富山県は、呉羽山によって東西に分かれ、「呉東」と「呉西」に分かれる。呉東は富山藩、呉西は高岡藩のエリアといってもいい。「呉羽」の由来は、古代の職業集団の「呉服部(くれはとりべ)」「呉織部(くれはとりべ)」によるものという。「呉服部」は、雄略天皇の時代に中国の呉から渡来し、大和朝廷に貢献した機織技術者のこと。【出典】  

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