「春日部」の地名の由来
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■ 春日部(かすかべ): 埼玉県春日部市

・ 埼玉県春日部市は江戸時代以降には粕壁と言われ、昭和の始めに粕壁から春日部に変更した。しかし、昔このあたりには春日部氏という豪族がいた。

・ 春日部(かすかべ): 埼玉県春日部市。旧武蔵国。糟壁・粕壁とも書く。県東部、大落古利根(おおおとしふるとね)川に沿って発達した自然堤防上に位置する。地名の由来は4世紀頃、安閑天皇の時に設けられた屯倉で御名代部であったことによる。【出典】

・ 春日部郷: 鎌倉期から見える郷名。鎌倉期から南北朝期にかけて春日部氏の支配。

・ 安閑天皇の御名代部に因むというが不詳。あるいは、「かす(やせ地)」+「かべ(崖)」という地名か。【出典】

・ 6世紀の中頃、安閑天皇の后であった春日山田皇后の御名代部であったことに由来する。

# 春日部市粕壁(東武伊勢��線の春日部駅がある)

・ 明治22年(1889年)の町村制では、埼玉県南埼玉郡粕壁町を称す。昭和19年(1944年)に隣の内牧村と合併した時に春日部町となった。

・ 粕壁は文化・文政時代(1804〜30)には、家数880、毎月四と九の日に開かれる六斎市(月に6回開催)で賑わった。

・ 鎌倉時代には春日部郷といった。春日部は粕壁よりも、やや広域。

# 春日部(かすかべ): 埼玉県春日部市

・ 春日部は往古は春日部と書き、中古糟壁と改め、元禄の初め頃に粕壁と書いた。昭和19年に内牧村を合併するにあたり春日部と書くようになった。春日部は屯倉に属していた品部の一つに由来し、開化天皇の御名代部であるとされる。【出典】

# 春日部駅(かすかべえき): 東武伊勢崎線。埼玉県春日部市粕壁。旧粕壁駅。

・ 春日部駅(かすかべえき): 粕壁駅(かすかべえき)→春日部駅。東武鉄道伊勢崎線。江戸時代には粕壁の地名で、それ以前は春日部だった。昭和19年(1944年)に内牧村と合併して春日部町になるまえは粕壁町だった。春日部の地名は、鎌倉時代末期の新田義貞の春日部氏が領していたことにちなむ(地名が先という説もある)。一方では糟壁と書かれた文献もある。【出典】

# かすかべ(粕壁、春日部): �^卒彭傾弔旅 ⊇嫺�山田皇女の御名代による地名か。または、開化天皇の春日率川宮に因むともいう。�⊇嫺�神社などの伝播地名か。��カス・ケ(助詞)・ベ(辺)という地名か。【出典】

■ 春日部市(かすかべし): 埼玉県春日部市

・ 埼玉県の南東部、関東平野のほぼ中央部、東は江戸川で千葉県に接する。もとは、南埼玉郡粕壁町。1944年(昭和19年)に、南埼玉郡内牧村と合併して、春日部町と改称。1954年(昭和29年)に、南埼玉郡豊春村、武里村および、北葛飾郡幸松村と豊野村と合併して、春日部市へ。2005年(平成17年)に、北葛飾郡庄和町と合併。地名は、新田義貞の家臣の春日部氏の領地であったことに由来する。【出典】

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