| 「鎌倉」の地名の由来 | |
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■ 鎌倉(かまくら): 神奈川県鎌倉市
・ 日本最初の漢和辞典の「和名抄(わみょうしょう)」には「加末久良」と書かれていた。後に「鎌倉」になった。
・ 「かま」・「くら」共に、「崩壊地・崖地」をいう地名用語。【出典】
・ 竈(かまど)のような洞穴(くら)が多く崖にならんでいる。雪国の「かまくら」も同様。【出典】
・ 鎌倉の北条一門縁の地名
北条義時の三男の重時の屋敷が極楽寺切り通しの近くにあったため、重時の家系は極楽寺氏を称するようになった。その他、名越(なごえ)家、大仏(おさらぎ)家、常葉(ときわ)家、佐介(さすけ)家など。【地名でわかるオモシロ日本史 武光誠】
・ 鎌倉市の比企谷は比企氏の屋敷があったことに由来する。【地名でわかるオモシロ日本史 武光誠】
# 鎌倉(かまくら): 神奈川県鎌倉市。三浦半島基部に位置し、相模湾に面する。地名の起こりについては諸説があるが、地形に由来を求める説が有力と思われる。地内にはヤトと呼ばれる谷が多く、ヤトの奥には先土器時代の遺跡が存在する。縄文時代にはヤトの奥まで海が入り込んでいたが、弥生時代には海退期となりほぼ現在の海岸線が形成され、浄妙寺前方遺跡や鶴岡八幡宮境内遺跡などがみられる。【出典】
・ 鎌倉郷: 奈良時代から平安時代にかけてみられる郷名。「和名抄」相模国鎌倉郡七郷の1つ。東急本の訓は「加万久良」。「万葉集」には「可麻久良」と記されている。鎌倉幕府が成立した当時の鎌倉は、辺鄙で海人や野叟のほかに住む人がいないといわれた半農半漁の地であった。なお「カマ」は洞穴、「クラ」は岩の意という。【出典】
※ 鎌倉市の津波ハザードマップによると、津波による浸水想定区域は鎌倉駅を越えて鶴ヶ岡八幡宮の手前まで達し。海岸部では10m近い予想もあるようです。
・ 鎌倉駅(かまくらえき): JR東日本・横須賀線。神奈川県鎌倉市小町。「鎌」は「穴」、「倉」は「谷」で、「穴の多い谷」の意味。【出典】
・ 北鎌倉駅(きたかまくらえき): 神奈川県鎌倉市山ノ内。JR東日本・横須賀線。
# 鎌倉(かまくら): 神奈川県鎌倉市。諸説有るが、「カマクラ」は、「カムイ・クマ(神々の・横山)」がもとになって転じた。または、「カマ・クマ(川床を)またいで渡る・平岩の所」も有力な解釈となる。「オキムン・ウシ・イ」は、アイヌ語で「山の方から・いつも水が流れている・所」の意味で、短縮すると「オキウシイ」となり、段蔓の小字名の「置石」の発音に近くなる。置石の地名の由来としては�|別△旅�事の石が置かれたから�△海涼呂�沼地で、人々が置き石の上を歩いた。などがあるが、古代の鎌倉の地形を考えると、�△諒�がだろうだろう。【出典】
■ 鎌倉(かまくら): 東京都葛飾区鎌倉
・ 地名の由来は、昔相模国鎌倉郡(神奈川県)から源右衛門という人が来て開発したことによる。鎌倉八幡宮御神体をこの地に移したため、また北葛飾郡(埼玉県)鎌倉村の飛地であったためなどの説がある。【出典】
■ 鎌倉(かまくら): 富山県富山市山田鎌倉
・ 村名の由来は、鎌倉期、北条時頼が行脚に来て、同村が相模の鎌倉に似た地形から名づけたことによるという。【出典】
■ 鎌倉(かまくら): 兵庫県川辺郡猪名川町鎌倉
・ 猪名川と支流鎌倉川の合流点。地名の由来は、北条時頼がしばらく当地に起居したことによると伝えられる。【出典】
■ 「かま」の語源 ・ 「カマクラ」の資料集