| 「吉舎」の地名の由来 | |
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■ 吉舎(きさ): 広島県三次市吉舎町吉舎
・ 木佐とも記す。「芸藩通志」によれば、吉舎は私市(きさいち)の略称といい、「旧県史」「地理志料」「地名辞書」は、「和名抄」松部郷は私部郷の誤写であり、敏達天皇6年に私部を置いたという記録を皇后部のこととして、これが吉舎の語源であるとする。吉舎の字をあてるのは、承久の乱で隠岐配流の後鳥羽上皇が地内艮社で宿泊した際、「御叡慮ニ相叶候哉、吉(よ)キ舎(やど)リと宣言被為在」たことによると伝える。【出典】
・ 「私部」→「私市(きさいち)」→「吉舎」と転じた。【出典】
・ 昔、後鳥羽上皇が隠岐に流されるとき、良神社で一泊し、「吉き舎り(よきやどり)」と話されたことに由来する。【出典】
・ 吉舎駅(きさえき): 広島県三次市吉舎町三玉。福塩線。
・ 吉舎(きさ): 広島県双三郡吉舎町(現三次市)。キサはキザム(刻む)と関係し、「崩壊地形・浸食地形」という地名用語。「高原を川が浸食する地形」のことだろう。【出典】
・ 吉舎駅(きさえき): 広島県三次市吉舎町。福塩線。駅名は、皇后の私有部民である私部(きさいべ)に由来する。後鳥羽上皇が隠岐に流される途中で、宿泊した神社を「吉(よ)き舎(やど)りかな」といったことに由来するという説もある。【出典】
・ 吉舎(きさ): 「吉舎町(きさちょう)」はかつて双三郡に存在した町。平成16年(2004年)の合併によって三次市の一部になった。室町時代から江戸時代を経て、明治時代に至るまで「吉舎村」であったが、明治22年(1889年)の町村制の施行で、新「吉舎村」となって、大正6年(1917年)に、「吉舎町」になった。大日本地名辞書では、和名抄に見える「私部郷(きさべごう)」が「吉舎」のルーツであるとする。「私部」「私市部(きさいちべ)」とは、后妃のために置いた部のことで、敏達天皇の時代に、后妃個々のため名代(なしろ)の代わりに、后妃全体のために置いたという。その部民となんらかのかかわりがあると見られる。【出典】