| 「学文路」の地名の由来 | |
| 【参考資料・文献】 | 【利用上の注意】 |
| 名字の由来のTop | 地名の由来のTop |
| 名字と地名のMenu | |
| スポンサーリンク |
| スポンサーリンク |
■ 学文路(かむろ): 和歌山県橋本市
・ 古くは「禿」「禿童」と書き、小さな子供のことを「かむろ」という。ただ、「かむろ」にどうして「学文路」の字を当てたかは不明。
・ 学文路(かむろ): 地名について「続風土記」は「村名は禿の義にして、小童のことか。高野山の麓なれは古は此地に男色を鬻くものありしならん」と記す。地内南部の畑天神には承久年間に築城され坂上氏の居城といわれる畑山城跡がある。【出典】
・ 文治4年(1188年)の「高野山文書」に「禿前出口」と、地名の起源が見える。高野山の参詣の宿所。地名の由来は諸説有るが、梅の木が多く、春先には梅の香りが満ちていたことから「香室(かむろ)」と呼ばれ、それが変化した。【出典】
・ 学文路駅(かむろえき): 和歌山県橋本市学文路。南海電気鉄道(高野線)。駅名はカミラ(韮)の転訛で、韮の採取地に因むという説が有力。【出典】
・ 学文路(かむろ): 高野山の北側に位置し、戦国時代には「禿(かむろ)」と見える。江戸時代にはすでに「学文路村」になり、明治22年(1889年)の町村制の施行で、「学文路村」が成立したが、昭和30年(1955年)の橋本市の成立時に合併して廃止。「禿」とは、いわゆる「はげ」のことで、坊主頭のことを言ったものだが、これは剃髪した僧のこと。一方で、将来遊女になる10歳前後のの少女を意味することもあり、「高野山の麓なれば古は此地に男色を※くものありしならん」という説もある。この背景には、高野山は女人禁制という現実があった。【出典】