| 「関内」の地名の由来 | |
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■ 関内(かんない): 神奈川県横浜市中区
・ 安政6年の横浜開港に際し、幕府は諸外国の神奈川宿開港の主張をしりぞけ、横浜村を開港場とした。幕府は9万6000両を投じ、神奈川奉行所・運上所・波止場を建設し、外国人居留地を設営した。居留地の出入口に関門が設けられたことから、居留地は以後関内と呼ばれた。【出典】
・ 関内(かんない): 安政6年(1859年)に幕府が横浜港を開港する際に、その周囲を掘り割りと川で囲った。港への出入りに利用される橋に関門を設置したことから、その内側を「関内」、外側を「関外」と呼ぶようになったことに由来する。【出典】
・ 関内(かんない): 「桜木町」駅から「関内」「石川町」に至るまで、JRの線路に沿って今も堀がある。この堀にクロスする形で桜木町よりには大岡川が東京湾に注いでいる。また、石川町よりには中村川という川が注いでいる。この三つの堀と川によって区切られた地域を「関内」という。幕末から明治時代のはじめにかけて日本の文明開化の舞台になったところ。横浜港が開港したのは安政6年(1859年)のことだが、当時はまだ日本人による外国人殺傷事件などが相次いで起こっていた時期であり、幕府は川と堀で囲んだ地域をつくり、そこへ出入りする橋のたもとに関門を設けてチェックした。その内側が「関内」であり、その外が「関外」であった。【出典】