「太秦」の地名の由来
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■ 太秦(うずまさ): 京都府京都市右京区太秦

・ 南流する御室川の右岸、西流する西高瀬川流域に位置する。平安京の造営に大きな役割を果たした秦氏の根拠地として著名であるが、「日本書紀」雄略天皇15年の条に秦酒公に禹豆麻佐(うずまさ)の姓を賜ったことが見え、地名はこの賜姓にちなんだものという。また養蚕と機織の技術にもすぐれていた秦氏の献上した糸がうずたかく巴渦のかたちに似ていたので「うづまさ」と呼ぶようになったともいう。【出典】

・ 太秦(うづまさ): 現在の京都市右京区太秦。渡来人の秦(はた)氏が雄略天皇から「うづまさ」の姓を賜わり、居住したことによる。弥勒菩薩(みろくぼさつ)像や牛祭(うしまつり)で知られる広隆(こうりゅう)寺(=太秦寺)がある。【全訳古語辞典・東京書籍】

・ 太秦駅(うずまさえき): 京都府京都市右京区太秦上ノ段町。JR西日本・山陰本線。大陸から来て、機織法を伝えた秦氏に因む。雄略天皇の時に、秦酒公(はたのさけのきみ)が絹を箱にうずたかく盛って献上したので、禹都満佐(うずまさ)の姓を賜り、その地を太秦といった。【出典】

・ 太秦駅(うずまさえき): 京都府京都市右京区太秦上ノ段町。山陰本線。太秦の由来は諸説あって不詳だが、機織の技術を伝えた渡来人の秦氏の一族が住んで、太秦氏を称したことに因む。【出典】

・ 太秦(うずまさ): 「太秦」の地に、渡来人の秦氏が定住するようになって、その秦氏は聖徳太子と主従関係を結ぶことになった。当時の秦氏の中心人物の秦河勝のもとに贈られた仏像が広隆寺の弥勒菩薩半迦思惟像ではないかと言われている。まず、「秦」がなぜに「はた」と読むかだが、これまで、�/岨瓩�生産した綿や絹が肌に優しいから。��朝鮮語の海を意味するpataに由来する。�8殿緜�鮮語のhata(大・巨・多・衆のこと)に由来するなどの説がある。日本書紀によると、秦の一族があちこちにちらばっていたので、秦酒公(はたのさけきみ)はうまく統制できないでいた。そこで、天皇が詔を出して秦酒公に馳せ参じるべしとしたので、秦氏は感謝の気持ちで天皇に絹を献上し、庭にうずたかく積んだので、「禹豆麻佐(うづまさ)」という姓を賜ったという。【出典】

■ 太秦(うずまさ): 大阪府寝屋川市太秦

・ 古くは秦(はだ)郷に属したと伝える。地名は、秦が大秦と記したことから区別して太秦と記したとも、秦氏の同系太秦氏が居住したことによるともいう。【出典】

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