| 「池間」の地名の由来 | |
| 【参考資料・文献】 | 【利用上の注意】 |
| 名字の由来のTop | 地名の由来のTop |
| 名字と地名のMenu | |
| スポンサーリンク |
| スポンサーリンク |
■ 池間(いけま): 沖縄県宮古島市平良池間
・ 方言ではイキマという。宮古島北部に突出する西平安名(にしへんな)岬と世渡(せど)崎沖の池間島東部に位置する。15世紀のはじめ頃は、宮古島を支配する四島の親に支配されていた。16世紀初めに、仲宗根豊見親が八重山平定に出兵したときの「同人(仲宗根豊見親)八重山入の時あやこ」に「池間生れ上ましのけさ」「はなれ生れ尻の座のすん」という名が見える。【出典】
・ 池間島(いけまじま): 宮古島北端西平安名(にしへんな)岬の北方、1.3Kmにある島。宮古諸島の1島。「中山伝信録」「琉球国志略」「琉球入学見聞録」には伊奇麻・伊喜間、「指南広義」には伊計間・伊奇麻と見える。ベルチャーの「サマラン号の航海記」にはイキマ(Ykimah)、バーニーの海図ではクルマ(Koruma)と見える。ブロートンの「北太平洋探検航海記」、「サマラン号の航海記」所載の海図では仲之御嶽島(竹富町)にハンモック島(Hummock Island)と記されているが、「北太平洋探検航海記」の記事から見てハンモック島は池間島のことと思われる。「ペリー訪問記」でもハンモック島(Hummock Island)と見える。なお、ゴーヴィルの「琉球覚書」とバーニーの海図では宮古島の東南にイキマ(Ykima)と見える。これは、池間島が太平山(宮古島)の東南にあるという「中山伝信録」の記事を、ゴーヴィルが参考にしたものをバーニーが踏襲したものと思われる。宮古島との間に池間大橋がかかる。【出典】 → 「池間」の名字