「忍海」の地名の由来
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■ 忍海(おしみ): 奈良県葛城市忍海

・ 葛城川支流安位(あに)川流域に位置する。角刺神社は顕宗即位前紀清寧天皇5年正月是月条などに見える飯豊青皇女「忍海角刺宮」の故地と伝えられる。【出典】  

■ 忍海(おしみ):  奈良県葛城市忍海

・ 古代の条里制からみると、忍海郡三十条、三十一条、三十二条内に整然と区画されている。古代の葛城県の中枢部を東西に極めて細長く立郡、葛上、葛下に分割した。葛城忍海は「応仁紀」には渡来人の居住地として知られた新漢(いまき)とあり、延久二年(1070年)の「興福寺坪付帳」には「今木庄、忍海郡三十一条三里」とあり、現在の大字忍海付近に相当し、今も「今城」の地名が残る。隣郡の葛上郡内にも「今城」がある。【出典

■ 忍海(おしうみ)郡: 旧大和国(奈良県)忍海郡

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