| 「壇ノ浦」の地名の由来 | |
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■ 壇ノ浦(だんのうら): 山口県
・ 「壇」とは祭祀のために、一段高くなしつらえた場所。南北朝時代の武将の今川了俊が残した紀行文の「道行きぶり」によると、神功皇后が三韓征伐に向かう際に、祈りのために「壇」を設けたことに由来する。【出典】
・ 源平の戦いの舞台として有名。「壇」とは祭祀を行うために一段高く設えた場所。南北朝時代の武将の今川了俊が残した紀行文である「道行きぶり」によると、神功皇后が三関征伐に向かう際に、祈りのために「壇」を設えたことに由来する。【出典】
・ 壇ノ浦(だんのうら): 元暦2年(1185年)3月、ここで繰り広げられた源平の戦いで平家が敗北し、滅亡の道をたどったことで有名。「壇」の浦ということで、何やら「壇」に意味がありそうだというわけで、いろいろな説がある。例えば、今川貞世の「道ゆきふり」には、【角川日本地名大辞典】に「此うらを壇のうらといふ事は、皇后のひとの国うちたまひし御時、祈のために壇をたてさせ給ひたりけるより、かく名付けるとかや申なり」と書かれている。しかし、吉田東伍は大日本地名辞書で、「信じ難し」としている。また、神社に五百段の階があったとか、五百段の階段を下りて海に赴く行事があるとの説もあるが不詳。現地に行けばわかることだが、海峡を挟んで両岸が「壇」状になっていることから「壇ノ浦」と呼び、それに神社信仰が重なったものであろう。【出典】