「志珂」の地名の由来
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■ 志珂(しか): 筑前国糟屋郡志珂郷。福岡県福岡市西区志賀島。シカは州処(すか)で、砂地のこと。のちに、シガと濁音に転じる呼称も生まれた。【出典

・ 志賀島(しがのしま): 福岡県。州処(すか)の島に由来する。

・ 志賀島(しかのしま): 博多湾内に位置し、古来安曇(阿曇)一族の支配する大陸・朝鮮半島との交易の拠点として知られた。江戸時代に「漢委奴国王」と刻まれた金印が出土したことで有名。和名抄に見られる糟屋郡志珂郷に比定される。糟屋郡には9つの郷があったが、「志珂郷」の他に「阿曇郷」の名もあり、安曇族との関連の深さを示唆している。地名にまつわる伝説として、神功皇后がこの地に寄ったときに、火を求めにやった小浜が「この島と打昇(うちあげ)の浜と近く接続していてほとんど同じ場所だといっていいくらいだ」と報告したので、この島を「近島(ちかしま)」と名付け、それが転訛して「資珂島(しかのしま)」と呼ばれるようになったという話がある。【出典】  

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