| 「野久尾」の地名の由来 | |
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■ 野久尾(のくお): 宮崎県
# 参考: 日講庵: 宮崎郡佐土原(さどわら)町上田島にあった寺坊。日蓮宗不受不施講門派開祖の安国院日講の謫居跡で、県史跡。日講は下総国野呂妙興寺(現千葉市)の住僧で、寛文5〜6年幕府の不受不施派弾圧に際して、「守正護国章」を提出した。このため同6年5月28日佐土原へ流されることになる。佐土原藩主島津忠高は彼を手厚く迎え、万陀羅小路に一庵を建て、のちにこれを野久尾に移した。日講は流刑後32年目の元禄11年に入寂する。現在、佐土原小学校南側の丘陵地頂上部に2基の日講墓石がたつ。東側のものは不受不施講門派本山の岡山県御津町本覚寺が管理し、その西側30mには不受不施派本山の岡山県御津町妙覚寺が管理する日講の墓があり、彼の遺骨や供養の経石は、後者の地下に納められている。【出典】