「猿ヶ京」の地名の由来
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■ 猿ケ京(さるがきょう): 群馬県利根郡みなかみ町猿ヶ京温泉

・ 地名は、上杉謙信が越後から関東へ進出するにあたって、宮野郷と呼ばれていた当地を、門出を祝う郷を意味する猿ケ京と改めた故事によるという。また平安初期蝦夷征討のため下向した征夷大将軍坂上田村麻呂に従って下向した田村伊勢守・藤原政信らが延暦24年に住みついたと伝え、この田村伊勢守・藤原政信・宮野弘三・森綜三郎によって開拓され、村名を宮野と称したが、貞治2年に猿ケ京と改称したとも伝える。【出典

・ 猿ヶ京(さるがきょう): 上杉謙信による地名伝承がある。越後国の上杉謙信が関東攻めのために三国峠を越え、ここ宮野に陣を張ったときに、謙信が見た夢の話である。宴の席で、膳に向かうと箸が一本しかない。そして、ご馳走を口に入れたとたん、前歯が一気に八本も抜けてしまった。その夢を家臣に伝えると、それは関八州を一気に手に入れるということで、おめでたい話だと言われた。その日ちょうど「庚申(かのえさる)の日」で、申(さる)にちなんでその地を「申が今日」であったことから「猿ヶ京」と名付けられた。しかし、サルは地名的に言えば「崖」のことで、「京」は文字通り「峡」のこと。【出典】  

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