「姫社」の地名の由来
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■ 姫社(ひめこそ): 肥前国基肄郡姫社郷。佐賀県中原町姫方(ひめかた)。佐賀県鳥栖市姫方。姫神を祀る神社、およびそれらに仕える社人の居所。【出典】 

■ 姫社(ひめこそ)の郷: 297 肥前国基肆(き)郡姫社(ひめこそ)郷

・ 佐賀県鳥栖市、姫方町、幡崎町、原町付近。この郷の中に川がある。名を山道(やまぢ)川という。その源は郡の北の山から出て、南に流れて御井(みゐ)の大川と出会っている。昔、この川の西に荒ぶる神がいて、路行く人の多くが殺害され、死ぬ者が半分、死を免れる者が半分という具合であった。そこでこの神がどうして崇るのかそのわけを占って尋ねると、その卜占のしめすところでは、「筑前の国宗像の郡の人珂是古(かぜこ)にわが社を祭らせよ。もしこの願いがかなえられたら凶暴な心はおこすまい」とあった。そこで珂是古という人を探しだして神の社に祭らせると、珂是古はやがて幡(凧)を手に捧げもって祈り、「まごころから私の祭祀を必要とされているのなら、この幡は風のままに飛んで行って、私を求めている神のもとに落ちよ」といい、そこでただちに幡を高くあげて風のまにまに放してやった。するとその幡は飛んで行き、御原(みはら)の郡の姫社(ひめこそ)の杜に落ち、ふたたび飛んで還って来て、この山道川の付近の田の村に落ちた。阿是古はこれによっておのずから荒ぶる神のおいでになる場所を知った。その夜の夢に、臥機(くつびき)と、絡※(たたり)が舞をしながら出てきて阿是古を押さえてうなされた。そこでまた荒ぶる神が女神(ひめかみ)であると知り、さっそく社を建てて祭った。それから後には路行く人も殺されなくなった。そういうわけで姫社といい、今の郷の名になった。【出典

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