「速見」の地名の由来
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■ 速見(はやみ): 大分県速見郡。古代の和名抄にみえる豊後国の郡名。風土記には、「古くはハヤツといった」という記述があり、または、そちらが原型か。ハヤは「急傾斜地」のことか。ミ(またはツ)は接尾語。【出典】  

■ 速見(はやみ)の郡: 大分県速見郡

・ 郷は五所(里は十三)。駅は二所。烽は一所。昔、纒向の日代の宮に天の下をお治めになった天皇が、球磨贈於(くまそ)を誅しようと思って筑紫においでになり、周防の国の佐婆津(さばつ)から船出してお渡りになり、海部(あま)の郡の宮浦にお泊まりになった。その時この村に女人があった。名を速津媛(はやつひめ)といい、この処の酋長であった。さて、天皇が行幸なさると聞いて親しく自身お迎えして申し上げるには、「この山に大きな岩窟(いわや)があります。名を鼠の岩窟といい、土雲が二人住んでいます。その名を青・白といいます。また、直入の郡の禰疑野(ねぎの)に土蜘蛛が三人あります。名を、打猴(うちさる)・八田・国摩呂といいます。この五人はみな人となりが強暴で、手下もまた多い。みな謡言(そし)って、天皇の命令には従うまいといっています。もし強いてお召しになろうとすれば、軍を催して抵抗するでしょう」といった。そこで、天皇は兵士を派遣してその要害を押さえ、ことごとく誅滅した。こういうわけで名を速津媛(はやつひめ)の国といった。後の人が改めて速見の郡という。【出典

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