| 伴氏 | |
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■ 伴(とも)氏: 「伴」の名字の由来
・ 古代の雄族の大伴氏の後裔。姓は宿禰。大伴氏が弘仁十四年(823年)の淳和天皇の諱(いみな)の大伴を避けて改氏したもの。本拠は平安京内にあった。古来からの朝廷の守護者という大伴氏の伝統性は、平安時代にはほとんど実質的意味を持たず、ただ大儀の際の諸門警備や久米舞など宮廷儀礼のなかで形式的に伴氏に継承されたにすぎず、それゆえに伴氏は実務官僚としての道を歩むことになった。その先鞭をつけたのは、弁官に登用された伴宿禰国道・氏上・成益らであった。なかでも国道は能吏の聞こえ高く、配流の身から従四位上・参議・右大弁に昇った人で、伴氏発展の基礎を築いた。その後、承和の変(842年)に氏人の伴健岑らが縁坐したものの、平安時代初期の崇文・能吏尊重の風潮によって勢力を伸ばし、国道の子の善男のときに最高潮に達した。善男は、仁明天皇の寵愛を得たことや、善��訴訟事件(846年)で諸弁官を論破するなどして頭角を現してから異例の昇進を遂げ、正三位・大納言に昇った。その後、藤原氏に警戒され、応天門の変(866年)に縁坐して伊豆国に流された。【出典】
【姓:真人・朝臣・宿禰・忌寸・道師・臣・連。直・臣・使主・君・公などの詳細】