九鬼久隆
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 歴史的人物のTop
スポンサーリンク
スポンサーリンク

■ 九鬼久隆(くきひさたか)

# 戦国時代に、織田軍団の水軍を率いて活躍した九鬼氏は、関ヶ原の合戦で父の嘉隆が西軍に、子の守隆は東軍に与して、鳥羽5万5000石を安堵した。五男の久隆が嗣いだが、三男の隆季と争って、寛永10年(1633年)に摂津国の三田と丹波国の綾部という山間ふたつに分割されて、海のない山間部に移された。三田の九鬼家ではいつか海上に覇を唱えるべく、山中の池で水軍の訓練をし続けていた。最後の藩主の隆義は神戸の不動産王になって、貿易会社を経営したり、神戸女学院の創設を支援して、家臣からは吉田茂の側近になった白州次郎がでるなど、水軍の子孫にふさわしい国際的な活躍をした。【出典

# 豊後国森藩久留島家は、村上水軍の一員だが、山中に移封された。宝暦6年に、参勤交代のときに周防沖で遭難した。【出典】 


Help】 「苗字」「階位」「幼名」「通称」「諱」「尊称」「号」「氏」「姓」などはこちらをご覧ください。   

統計表示