| お江与の方 | |
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■ お江与の方(通称)
・ 1573年〜1626年
・ 徳川二代将軍徳川秀忠の正室。
・ 諱: 江子・達子
・ 幼名: 江
・ 別名: 小督(こごう)
・ 位階: 従一位
・ 諡号: 崇源院(すうげんいん)
・ 江は1592年に秀吉の甥の羽柴秀勝に嫁ぎ、一女をもうけた。その後、秀勝が死亡し、1595年に6歳年下の徳川秀忠と再婚。秀忠との間に、「千姫」「家光」「忠長」をはじめ、二男五女をもうけた。
・ 次女の珠子は加賀藩主の嫡男の前田利常に嫁いだ。末娘の和子は後水尾天皇に嫁ぎ、中宮になった。和子の子が、後に明正天皇となる。
# 江(お江与)【出典】
・ 1573−1626年。享年54歳(病死)。
・ 出身地: 近江国。
・ 肩書き: 徳川秀忠の正室。
・ 浅井長政の三女。長女は淀殿、次女は初の三姉妹。父の長政は織田信長との戦いで敗死。母のお市の方は羽柴秀吉によって自害に追い込まれた。江の最初の夫は織田信雄の従兄弟の佐治一成であったが、秀吉に離縁させられ、秀吉の甥の秀勝の妻になった。そして、秀勝の病死後には、6歳年下の徳川秀忠のもとに再々婚した。秀忠は律儀な生活で側室はおかず、年上の江に頭があがらなかった。
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