伊賀国
参考資料・文献 利用上の注意
名字の由来のTop 地名の由来のTop
名字と地名のMenu 旧国名と地名Top

スポンサーリンク
スポンサーリンク

# 旧東海道。

# 現在の三重県の西部。

# 太閤検地での石高: 10万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】

# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。伊賀国は56位。

# 伊賀国: 古代にこの地を治めていたという猿田彦命の女吾娥津姫命にちなみ、吾娥が伊賀に転訛した。

# 伊賀国: 吾国(あがくに)に由来する。

■ 伊賀国: 伊賀の国風土記。伊賀の国は昔伊勢の国に属していた。大日本根子彦太※(おほやまとねこひこふとに)の天皇(孝霊天皇)の御宇(みよ)の癸酉(みずのととり)の歳に、これを分かって伊賀の国とした。もと、この名は、伊賀津姫の領していた郡であるから、それによって郡の名とし、また国の名としたものである。【出典

■ 阿拝郡(あえ): 伊賀国にみられた郡名。伊賀国4郡の1つ。阿閇(あべ)・阿閉・安拝・阿部とも書き、戦国期以降アヤ(綾)郡とも呼ばれた。江戸期の正保国絵図・「宗国史」では綾(あや)と記す。明治期には「あはい」と訓じることに定めたこともあり、同様に俗称されることもある。【出典】 

■ 伊賀郡(いが): 伊賀の国の風土記。伊賀の郡。猿田彦の神が始めこの国を伊勢の加佐波夜(風速)の国につけ、そして二十余万歳の間この国を治めていた。猿田彦の神の女吾娥津媛命は日神の御神が天上から投げ降しなさった三種(みくさ)の宝器のうち、黄金の鈴を受領してお守りになった。その領有し守護した(聖なる場所)御いわいどを加志の和都賀野といった。現在、手柏野というのは、すなわちこの言葉をいいあやまったものである。またこの神が治め守った国であるので、吾娥の郡といった。その後、清見原の天皇(天武天皇)のみ世に吾娥の郡を分かって、国の名とした。その国名が定まらないことは十余年であった。これを加羅具似(からくに)といったのは虚国(むなしくに)の意味からである。後に伊賀と改めたのは吾娥という発音が転訛したものである。【出典

■ 唐琴(からこと): 伊賀国唐琴の里

・ 「からこと」という所は伊賀の国にある。彼の国の風土記にいう。大和と伊賀の堺に河がある。中島のほとりに神女(しんにょ)がいつも来て琴を弾いていた。人が不思議に思ってこれを見ると、神女は琴を捨てて消えうせてしまった。この琴を神として祭った。それ故にその所を名づけて「からこと」というのである。【出典

統計表示