| 丹後国 | |
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# 旧山陰道。
# 京都府の北部。
# 太閤検地での石高: 11万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】
# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。丹後国は48位。
# 丹後国: 丹波の背後。
# 丹後国(京都府北部)は明徳の乱までは山名氏が守護であったが、三河守護だった足利一族の一色氏がこの地を領し、後に、戦国大名の細川氏が領した。
# 丹後国の一宮は宮津市の籠神社(このじんじゃ)で、宮津の市街地から天橋立を経た対岸?の府中にある。この神社(笑)は、内田康夫氏の「黄泉から来た女」でも詳細に記述されている。
# 天の橋立(あまのはしだて): 丹後国
・ 丹後国の風土記にいう。与謝の郡。郡役所の東北隅の方向に速石(はやし)の里がある。この里の海に長くて大きな岬がある。前の方の突出部を天の椅立(あまのはしだて)と名づけ、後の方を久志の浜と名づける。そういうわけは、国をお生みになった大神の伊射奈芸命が天にかよおうとして梯子を造り立てたもうた。それ故に天の椅立といった。ところが大神がお寝(やす)みになっている間に倒れ伏した。そこで久志備(神異)であると不思議にお思いになった。それ故、久志備の浜といった。中ごろから久志というようになった。ここから東の海を与謝の海といい、西の海を阿蘇の海という。この両方の海にはさまざまな魚や貝などがすんでいる。ただ蛤(うむぎ)は少ない。【出典】