| 「諏訪」の地名の由来 | |
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■ 諏訪(すわ): 長野県諏訪市
・ 昔、朝廷は諏訪神社の建御名方神(たけみなかたのかみ)の神威を恐れて諏訪神領の自治を認めていた。そのため諏訪氏は一つの独立国のように振る舞えた。
・ 諏訪の地名の由来は、長野県の方言の「すわ」に由来し、「すわ」とは、谷や湿地のこと。
・ 古事記では「洲羽」との地名で出てくる。「すわ」に「諏訪」をあてたのは意外に新しく、江戸時代末期。古事記(洲�屐法�続日本紀(諏方)、その他「須波」「須芳」とも書いた。
・ 信濃国諏訪郡など。
・ 「スワ」は「サワ」と同義語で、山から流出する川の水が山地や盆地を潤して湿地や湖を形成している様子を表す。
・ 「諏訪」は「沢」から転じた。山菜や川魚の恵みをもたらす沢の神が諏訪の神で縄文時代に始まる。
・ 諏訪は「スハ」という。古代語の母音は発声方法が現在と違い、「は」は唇を合わせて発音した。つまり「は=ほぁ」となり、諏訪は「すほぁ」と発音された。この「すほぁ」の発音は、諏訪大社の建御名方神に縁のある周防(すおう、すは)と通じる。また古代朝鮮では首都のことを「そほり(金城=ソウル)」と言った。最後の「ラ行」は脱落する傾向があり「そほり=そほ」が転訛して「すほ」から「すわ」になったとも言う。諏訪は古事記では「州羽」、続日本紀では「諏方」と書いた。他にも「須波」「須芳」などの表記もある。「州」と「須」はほぼ同義で「砂浜」のこと。中世から近世では「諏方」が主に使われたが、天保5年(1834年)に高島藩が「諏訪」と書くように藩命を出した。【長野「地理・地名・地図」の謎 実業之日本社】
・ 「す(砂)」+「わ(端)」で、「砂地の湖岸」という説も考えられる。【出典】
・ 諏訪の地名は諏訪信仰から広まった。「すわ」は「沢(さわ)」から転じたもの。山菜や川魚の恵みをもたらす「沢の神」が「諏訪の神」。諏訪神社は信濃国から越後国にかけて多い(約4割)。【地名でわかるオモシロ日本史 武光誠 角川ソフィア文庫】
・ 本居宣長は「スブ(隘)まった」という意味としている。また、佐渡の方言の湿地や谷を意味する「スワ」に由来するという説もある。また、「山地の崖側・山の斜面」を意味する「ソハ(岨)」の転訛という説もある。【出典】
・ 諏訪(すわ): 古事記には、諏訪大社が祀るご祭神の「建御名方神」が出雲の国譲りの際に、力比べで負けて「科野の国の州羽(すわ)の海」まで逃げてきて、「この土地から一歩も出ないので、許してほしい」と言って懇願して、この地に定着したとある。「諏訪」は、古事記では「州羽」、続日本紀では「諏方」と書かれているが、「須波」と書かれることもあり、「砂浜のある湖」という意味と考えられる。【出典】
# 諏訪: 「古事記」には、出雲の国譲りで力比べに敗れた建御名方神(たけみなかたのかみ)が「科野(しなの)の国の洲羽(すわ)の海」まで逃げ、住み着いたとある。「続日本紀」には「諏方」「須波」との表記も有り、どちらも「砂浜のある湖」という意味と考えられる。【出典】
・ 上諏訪駅(かみすわえき): 長野県諏訪市諏訪。JR東日本・中央本線。諏訪とつけられている字名は多く見られる。谷や低湿地につけられる地名。【出典】
・ 下諏訪駅(しもすわえき): 長野県諏訪郡下諏訪町広瀬町。JR東日本・中央本線。
■ 下諏訪(しもすわ): 長野県諏訪郡下諏訪町。諏訪大社の下社に因む。【出典】
・ 諏訪湖。