「松浦」の地名の由来
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名字と地名のMenu 「うら」の語源
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■ 松浦(まつうら): 長崎県松浦市

・  長崎県の松浦は「松浦」という名字の由来にもなった地だが、松原の続く美しい海岸が続く事に由来する。

・  「魏志倭人伝」によると、邪馬台国卑弥呼がいた三世紀の松浦に、「末盧国(まつろこく)」があったとされる。

・ 魏志倭人伝の「末廬国」といわれる。神功皇后が願い鮎を釣り「めづらし」と言ったことによる、松の生えた浦、曲がった湾のあるところなど諸説あるが、白砂青松の浦(浜)と思われる。【出典

・ 松浦駅(まつうらえき): 長崎県松浦市志佐町浦免。松浦鉄道

・ 松浦発電所前駅(まつうらはつでんしょまええき): 長崎県松浦市志佐町白浜免。松浦鉄道

# 「松浦」の語源の詳細

■ 松浦(まつら)の郡: 旧肥前国松浦郡

・ 郷は十一所。里は二十六。駅は五所。烽は八所。昔、気長足姫尊(おきながたらしひめのみこと・神功皇后)が新羅を征伐しようとお思いになり、この郡にお出かけになって玉島の小河のほとりでお食事をおすすめになった。そこで、皇后は縫針を曲げて釣り針とし、飯粒を餌とし、裳の(糸を抜き取ってその)糸を釣り糸として、河の中の石の上に立って、釣り糸を捧げて(神意をうかがうために)祈誓して仰せられるには、「朕(わたくし)は新羅を征伐してその財宝を求めたく思っている。そのことがうまく成就して凱旋するならば、こまやかな鱗の魚(年魚・あゆ)よ、私の釣り針を呑め」と。いい終わって釣り針を投じられると、ほんのしばしの間に、はたしてその魚がかかった。皇后は「なんと希見物(めずらしいもの)ぞ」と仰せられた。それにより希見国(めづらのくに)といったが、今は訛って松浦の郡といっている。こういうわけでこの国の婦女たちは孟夏(はつなつ)四月には縫い針を使って年魚を釣る。男は釣るには釣っても獲物がかからない。【出典

■ 南松浦(みなみまつうら): 長崎県南松浦郡。明治22年(1889年)の郡の分割による。松浦郡の南部のこと。【出典

・ 長崎県の南部。五島列島の北半分からなる。1878年(明治11年)に、松浦郡が、東・西・南・北に分割して成立。【出典

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