「拝師郷」の地名の由来
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■ 拝師郷(はやしのごう): 茨城県。平安時代に常陸国茨城郡に見られた郷名。「和名抄」常陸国茨城郡十八郷の1つ。八郷町上林・下林が遺称地。「新編常陸」は江戸期の上林・下林・浦須・烏瓜・村上・高倉・栗田・染屋など8か村にあて、「地名辞書」は旧林村・柿岡村とする。郷名の由来については、両書とも林の意としている。【出典】 

■ 拝師郷(はやしのごう): 富山県。平安時代に越中国礪波(となみ)郡にみられた郷名。「和名抄」に見える礪波郡12郷の1つで、刊本に「波也之」の訓を付す。礪波郡所在の式内社に林神社があり、当郷の所在地を同神社の鎮座地に求めることでは諸説一致するが、現在礪波市林・頼成(らんじよう)の2か所に林神社があり、いずれを式内社の跡と見るかで江戸期以来説が分かれている。【出典】 

■ 拝師郷(はやしのごう): 石川県。平安時代に加賀国石川郡に見られた郷名。「和名抄」加賀国石川郡八郷の1つで、訓は「波也之」。郷域内の石川郡野々市(ののいち)町上林(かんばやし)付近。平安末期には、この拝師郷を名字地とする在地領主として、加賀斎藤氏の棟梁勢力となった林(はやし)氏の存在が知られる。【出典

■ 拝師郷(はやしのごう): 平安時代に尾張国中島郡に見られた郷名。「和名抄」尾張国中島郡九郷の1つ。郷域は、現一宮市南西部の日光川東岸一帯とする説、一宮市南西部一帯から稲沢市北東部域とする説がある。中世の郷域から類推するならば、前者の説に従ってよいものと思われる。【出典

■ 拝師(はいし): 京都府福知山市拝師。

・ 丹波国に見られた地名。由良川支流和久川および同川に注ぐ加津良川流域に位置する。地名の由来について「丹波志」は、「此村ニ牛頭天王ヲ勧請セリ出雲国素戔嗚尊社有地拝師ト云 此神ノ祭ニ及テ此文字ヲ用ト観タリ」などと記す。【出典】 

■ 拝師郷(はやしのごう): 平安時代に備中国浅口郡に見られた郷名。「和名抄」備中国浅口郡八郷の1つで、高山寺本は「拝師」につくり「波也之」と訓む。東急本は「林」につくり「八也之」と訓む。古くは「林」と表記したが、2字好字改変(続日本紀和銅6年5月甲子、延喜式民部上)により「拝師」と改められたか。現在の里庄町里見の旧名が口林(くちばやし)であることから、里見の付近に比定される。隣郡の小田郡にも「拝慈(波也之)」郷がある。【出典

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