大隅国
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# 旧西海道。

# 現在の鹿児島県の東部。

# 太閤検地での石高: 18万石。【戦国大名県別国盗り物語 八幡和郎 PHP文庫】

# 延喜式による国力順位(納税額による)【本当は面白い「日本中世史」 八幡和郎】。大隅国は58位。

# 「大」は美称。「隅」は「先端・角・奥」を意味する。国の中心から離れた最果ての地という意味。

# 日向国の西南の隅を表す。

■ 串卜(くしら)の郷: 大隅国姶羅郡串占郷
・ 大隅の国の風土記に、大隅の郡。串卜の郷。むかし、国をお造りになった神が、使者に命じてこの村によこして国情を視察させた。使者は髪梳(くしら)の神がいると報告したので、髪梳の村とよぶがよいと仰せられた。それで久西良(くしら)の郷という。今改めて串卜という。【出典

■ 必志(ひし)の里: 
・ 必志(ひし): 古代の南九州の「隼人(ハヤト)」の言葉で、砂州のこと。
・ 大隅の国の風土記にいう。必志の里。むかしこの村の中に海の洲があった。それで必志の里という。【出典


# 続日本紀和銅7年条(714年)に、豊前国の民200戸を南部九州(大隅国)に移した、とある。

# 続日本紀文武天皇3年(699年): 12月4日: 大宰府に命じて、三野(日向国)・稲積(大隅国)の二城を築かせた。

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